――そして「SHOに向いている天体」はどう選ぶのか
天体写真を続けていると、必ず出会う SHO 合成。
SII・Hα・OIII を用いた、いわゆるハッブルパレットです。
一方で、こんな疑問を持ったことはないでしょうか。
- なぜ硫黄・水素・酸素なのか
- なぜ他の原子の輝線ではダメなのか
- どんな天体なら SHO を使うべきなのか
SHO 合成を理解する鍵は、
「どう処理するか」ではなく、「なぜ・いつ使うのか」 にあります。

1. SHO 合成は「色付け」ではない
まず大前提として、SHO 合成は
自然な色を再現するための手法ではありません。
天文学において星雲は、
- どの輝線が
- どこで
- どれくらい強く出ているか
という スペクトル情報によって理解されます。
ナローバンド撮影とは、
👉 特定の原子・イオンの輝線だけを選び取る観測
です。
SHO 合成は、その観測結果を
人間が一枚の画像として理解できる形に翻訳する可視化手法にすぎません。
2. なぜ Hα・OIII・SII なのか
Hα(656nm)
- 電離水素の再結合線
- 発光星雲の主成分
- 星雲の「量」と「広がり」を示す
👉 構造の土台
[OIII](500.7nm)
- 高電離・高温環境で強くなる
- 若く熱い星、強い紫外線場を反映
👉 エネルギーの指標
[SII](671.6 / 673.1nm)
- 低電離領域
- 電離フロント
- 衝撃波や外縁構造
👉 境界・進化の痕跡
この3本を揃えることで、
- 中心
- 内部
- 外縁
という 星雲の立体構造と物理状態の違いを同時に読み取ることができます。
3. SHO は「万能」ではない
ここで重要な点があります。
SHO 合成は すべての天体に向いているわけではありません。
むしろ、向いていない天体の方が多いと言っても過言ではありません。
だからこそ、
- なぜこの3本なのか
- なぜ他の輝線を使わないのか
を理解する必要があります。
4. なぜ他の原子の輝線ではダメなのか
ここが本題です。
宇宙には炭素・窒素・ネオン・鉄など、
多くの元素が存在します。
それでも SHO が使われ続けているのは、
写真という手段において、極めて合理的だからです。
5. では「他の原子の輝線」はなぜ使われないのか
炭素([CII])
- 主な輝線は遠赤外(158µm)
- 可視光では非常に弱い
- 地上観測は事実上不可能
👉 可視ナローバンド撮影に向かない
窒素([NII])
- Hα に非常に近い波長
- 分離には高分散分光が必要
- 写真的には Hα と混ざってしまう
👉 独立した情報として扱いにくい
ネオン・アルゴンなど
- 可視域に輝線は存在する
- しかし極めて弱い
- 実用的な S/N を確保しにくい
👉 撮っても「構造」として成立しにくい
鉄(Fe)
- 鉄は主にダストとして存在
- 可視域で強い輝線をほとんど持たない
👉 星雲を光らせる主役ではない
つまり、
「他の元素が劣っている」のではなく、
👉 観測・物理・写真という条件を同時に満たさない
というのが理由です。
6. では、SHO に向いている天体とは何か
SHO 合成が真価を発揮するのは、
次の条件を満たす天体です。
条件①:SII が「構造として」写る
- 単画像でストレッチしても
- 境界やフィラメントが読める
👉 SII がノイズでしかない天体は SHO 不向き
条件②:電離構造に「幅」がある
- 高電離(OIII)
- 中間(Hα)
- 低電離(SII)
が 同時に存在していること。
条件③:SII を無理に盛らなくてよい
- 強調しないと存在しない
- ノイズを色に変えている
こうなる場合、SHO は破綻します。
SHO 向きの代表例
- 超新星残骸
- Wolf–Rayet バブル
- 大型散光星雲(SII が明瞭なもの)
SHO 不向きの代表例
- 多くの惑星状星雲
- OIII 優勢の天体
- 小型・高電離領域
👉 HOO の方が物理的に正直
7. SHO を使わない判断は「逃げ」ではない
SHO を使わない判断は、
- 技術不足
- 妥協
- センスの問題
ではありません。
👉 天体の物理状態を正しく読んだ結果
です。
無理に SHO にするよりも、
HOO や Hα+OIII を選ぶ方が
はるかに科学的な場合も多くあります。
8. まとめ
天体写真で SHO 合成をする理由は明確です。
SHO 合成は、
可視域で実用的に取得でき、
かつ異なる物理状態を示す
3つの輝線(S・H・O)を使い、
星雲の構造と進化を
一枚で理解するための可視化手法
そして、
SHO に向いている天体とは、
SII が構造として成立し、
電離構造に幅を持つ天体である
SHO は万能ではありません。
だからこそ、正しく選び、正しく使う価値があります。
追記:なぜ SHO は RGB の順で割り当てているのか
SHO 合成では一般に、
- R:SII
- G:Hα
- B:OIII
という割り当てが用いられます。
ではなぜ、この RGB の順なのでしょうか。
これは「見た目のバランス」や「慣例」だけで決められているわけではありません。
波長の長短と RGB の対応
可視光において、波長は
- 赤 → 長波長
- 青 → 短波長
という順序を持っています。
一方、SHO で用いる輝線の波長は次の通りです。
- [SII]:671–673nm(最も長波長)
- Hα:656nm(中間)
- [OIII]:500.7nm(最も短波長)
つまり、
SII → Hα → OIII
は
長波長 → 中間 → 短波長
という物理的な順序になっています。
SHO 合成で
R → G → B
にこの順番で割り当てているのは、
👉 波長の並びを視覚的な色軸にそのまま対応させている
という、極めて素直な理由からです。
「正しい色」ではなく「直感を壊さない可視化」
もちろん、この割り当ては
「人間の目に見える色を再現している」わけではありません。
しかし、
- 長波長の情報を赤側に
- 短波長の情報を青側に
配置することで、
👉 物理的な直感(エネルギーが高い/低い)を壊しにくい
という利点があります。
SHO 合成は「擬似カラー」ではありますが、
完全に恣意的な配色ではない、という点は重要です。
もし順番を入れ替えたらどうなるか
仮に、
- OIII を R
- SII を B
のように入れ替えると、
- 高エネルギー成分が赤く見える
- 境界や低電離領域が青く見える
といった、物理的に逆転した印象を与えます。
これは、
- 科学的な解釈
- 構造の読み取り
の両面で、混乱を招きやすくなります。
まとめ(追記の要点)
SHO を RGB の順で割り当てている理由は、
輝線の波長順(長→短)を
視覚の色軸(赤→青)に対応させ、
星雲の物理構造を直感的に理解しやすくするためである。
SHO 合成は「派手な色付け」ではなく、
波長と物理情報をできるだけ素直に翻訳するための可視化手法だ、
という点が、ここにも表れています。
次回予告
次回は、今回の理論編を踏まえて、
実際にナローバンド画像をどのような考え方で処理すればよいのか、
画像処理の流れと判断基準を整理する予定です。
・なぜナローバンドは RGB と同じ処理では破綻するのか
・輝線ごとに「やるべき処理」と「やってはいけない処理」
・SHO / HOO 合成を前提にした処理順の考え方
・Continuum Subtraction をどこに組み込むのが正しいのか
といった点を中心に、ナローバンド画像処理を“感覚”ではなく“理屈”で組み立てる方法を解説していきます。
参考文献・参考資料
- Léna, P., Lebrun, F., Mignard, F., Pelat, D., & Borgnino, J.
Observational Astrophysics (2nd ed.). Springer, 2012.
Chapter 8: Spectral Analysis- 輝線(emission line)と連続光(continuum)の定義
- 輝線強度は連続光を除去した量として定義されること
- 干渉フィルター(ナローバンドフィルター)の役割
→ 本記事における 「なぜ輝線を見るのか」「Continuum を分けて考える理由」 の理論的根拠
- Osterbrock, D. E., & Ferland, G. J.
Astrophysics of Gaseous Nebulae and Active Galactic Nuclei.
University Science Books, 2006.- HII 領域・惑星状星雲における Hα、[OIII]、[SII] の物理的意味
- 電離構造・輝線診断の基礎
→ Hα / OIII / SII が物理的に重要な理由 の定番教科書
- Hubble Space Telescope – Hubble Palette
NASA / ESA
https://hubblesite.org/contents/articles/the-hubble-palette- SII・Hα・OIII を RGB に割り当てる思想
- 科学データの可視化としての SHO 配色
→ SHO が「色遊び」ではなく可視化手法であることの公式解説
- Emission-line and continuum fluxes from narrow- and broad-band imagery
(ResearchGate 論文)- ナローバンド画像に含まれる連続光の扱い
- Continuum subtraction の考え方
→ Continuum Subtraction が科学的に標準的処理であることの裏付け
- Dopita, M. A., et al.
Ionization parameter mapping and emission-line diagnostics- [OIII]/[SII] などの輝線分布から物理状態を読む手法
→ SHO が「電離構造の違い」を表現できる理由
- [OIII]/[SII] などの輝線分布から物理状態を読む手法
- NASA/IPAC Extragalactic Database (NED), Atomic Line Lists
- 各元素(C, N, O, S, Ne, Ar, Fe など)の代表的輝線波長
→ なぜ他の原子の輝線が写真用途に向かないかの波長・強度的根拠
- 各元素(C, N, O, S, Ne, Ar, Fe など)の代表的輝線波長
多分、これで全部かと思います。今年はいろいろ読みまくったので記憶が・・・ちょっと曖昧です。年かなぁ〜w
参考文献読む際は著作権に注意してくださいね。特に大学の教科書等は気をつけてください。
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